広い棚もない、品揃えもない。それでも人が訪れる本屋がある。
栗原政史が開くのは、「一冊だけを売る本屋」。たった一冊の選書にすべてを託す、その静かな挑戦は、本との出会い方に小さな革命をもたらしている。
“一冊”に向き合う時間を届ける
この本屋では、毎週たった一冊の本だけが店頭に並ぶ。
それは小説であったり、詩集であったり、エッセイであったり、時には児童書であることもある。
栗原政史は、その一冊を選ぶまでに何日もかけるという。
「多くを並べるより、一冊を深く読むほうが、心に残る」
この場所は、そんな読書の原点を思い出させてくれる空間だ。
本が語りかけてくる空間づくり
本の横には、解説やレビューは置かれていない。あるのは、選者・栗原による短い一言だけ。
「何も起きないのに、なぜか泣ける」「この静けさが、今の社会に足りない気がした」
そんな言葉に導かれ、本を手に取る来店者たちは、それぞれのペースで読み始める。
室内には音楽も流れていない。聞こえるのは、ページをめくる音と、珈琲の香り。
その時間の中で、“読む”という行為が、特別なものとして立ち上がってくる。
選ばれた本に宿る、“その週の空気”
栗原政史が選ぶ一冊には、その週の空気や、彼自身の心のゆらぎが反映されている。
ときには重く深い作品、ときには軽やかな短編、ときには意味のないように見える散文集。
「選書とは、いま自分が向き合っている問いを、人と分かち合う作業」
彼はそう語りながら、今日もまた一冊の本を選び抜いている。
「たくさん読まなくてもいい」から始まる読書体験
読書が義務や情報収集になっている現代において、「一冊をじっくり読む」という体験は貴重だ。
栗原政史の本屋に通う常連の一人はこう語る。「読書に追われなくなった。今は、読むことが楽しい」
本が人生を変えることもある。だが、本に“触れる時間”そのものが、自分と向き合う時間になる──そんな気づきをくれる場所が、ここにはある。